まぬけじる日記

もうすぐ不惑を迎える男のまぬけな日常を描いた雑記です。Twitter:@manukejiru

満員電車が辛すぎるので空路で会社に行くことにした

 暑い中、満員の通勤電車に乗るのは不快である。誰かの湿った感じの熱い背中が密着してくるのも嫌だし、誰が着てきたのか知らないが、生乾きの洗濯物の臭いがどこからか漂ってくるのも嫌だ。そういう事情もあったので、電車を使うのはやめ、空を飛んで通勤することにした。僕の住んでいるマンションの裏手の山に住んでいるカラスに飛び方を教わったり、たまたま新宿の高架下で出会った「俺は空の飛び方知ってんだ」と自称するおじさんからもらった錠剤を飲んだりしながら鍛錬を続けること3ヶ月、なんとか家から会社までの距離を飛ぶことができるようになった気がしてきたので、天候や風が比較的安定している日を選び、翼を広げて、横浜市にある家から東京都内の会社まで、空路で行くことにしてみた。
 
 飛んでみてはじめて分かったことだが、生来の方向音痴なうえ、空には道も標識もないので、果たしてどの方角に進んだら会社に着けるのかまったく見当がつかない。普段、道に迷った時に使っているGoogle Mapを見たかったのだが、両手が塞がっているというか、羽ばたくのをやめると墜落してしまうので、スマホに頼ることができない。現代人のスマホ依存の深刻さを思い知らされた。とにかく自分の勘を信じて、こっちだと思う方向に飛んでいたら、運良く新幹線の線路らしきものが見つかったので、これに沿って飛んでいくことにした。新幹線がものすごいスピードで自分の下を通り抜けていくのを見るのは興味深い。初めて知ったことだが、新幹線というのは15,6両もの車両が連なっているだけあって案外長いものだ。なんだか寄生虫を見ているような感じだった。
 
 多摩川の河川敷に差し掛かったところで、左肩のあたりに何かがぶつかったような感覚がした。どうもどっかの草野球チームがかっ飛ばした巨大ホームランのボールがぶつかってきたらしい。何事もなければこのままホームランだったのだが、ボールが僕に当たってしまったせいで、ライトフライになってしまったようで気の毒だった。
 
 新横浜方面からやってくる新幹線に7、8本に追い抜かれているうちに、うすうすと勘付いたことがある。「もしかして、俺の飛ぶスピードって大して早くないんじゃないか」ということだ。さっき左肩にボールが当たってからというもの、なんとなく速度が落ちてきた気がするし、おまけに向かい風が吹いてきて、羽ばたく回数を落とすと、風に押し戻されてしまうような感覚さえある。「今何時だろうか」と思ったが、前述の通り、僕の両腕は羽ばたくのに手一杯で、スマホも腕時計も見ることができないので気ばかり焦ってしまう。
 
 普段、空を飛んでいる読者には分かってもらえるだろうが、空を飛ぶというのは、楽に見えて、その実かなりの運動量である。照りつける太陽のもとで必死に両腕をばたばたさせていると、背中や脇の下からダラダラと汗が滴り落ちる。地上を歩いていると、雨も降っていないのに、空から水が一滴だけ落ちてくることがあるが、あれは空を飛んでいる人の汗なのだということが分かった。
 
 ようやく自分の位置が分かったのは、「しながわ中央公園」という地面に書いてある文字が目に入った時だった。こういう風に地面に文字が書いてあるのは、空路で会社に通っている人にとって大変親切でありがたいものである。行政に携わる方々にはぜひ参考にしてもらいたい。
 
 いい加減空を飛ぶのも疲れてきたので、品川から先は電車に乗ることにした。どこか適当な着陸しようと思ったが、道端は通行人が多くてなかなか勇気がいる。こちらが飛行初心者で慣れていないのもあるが、下手をすれば、人々の頭の上に着地してケガをさせてしまいそうで危ない。そうかといって車道に着陸しても、今度はこちらが向こうからやってくる車に轢かれてしまう。どこか良い着地点はないかと逡巡していると、とある雑居ビルのようなところの屋上が良さそうだったので、これ幸いとそこに降り立つことにした。あとは屋上の扉からビルの中に侵入し、階段でもエレベーターでも使って1階まで下りれば良いのだが、屋上の扉は鍵がかかっていて中に入ることができない。このままでは埒が明かないので、鉄製の扉を力一杯ドンドン叩きながら騒いでいると、ビルの管理人と思しきおじさんが内側から扉を開けてくれたのだが、「どっから入ってきたんだ」だの「誰に許可を得たんだ」だの散々怒鳴られてしまった。
 
 以上が空路で通勤してみた際の一部始終であるが、普段と同じ時間に家を出たにもかかわらず、色々あって結局一時間半の大遅刻をしてしまい、上司にも大目玉を食らうハメになってしまった。それ以来、もう空から会社に行くのはやめることにして、元通り電車を使って通勤している。電車の方がクーラーもきいているし、何より人身事故でもない限りは時間通り会社に着くのがありがたい。