まぬけじる日記

もうすぐ不惑を迎える男のまぬけな日常を描いた雑記です。Twitter:@manukejiru

技能実習生の訓練所で日本企業経営者の本音を見た

 ベトナムミャンマーなどの東南アジア諸国から日本に戻る際、現地の空港の搭乗口で頭を五厘刈りにした若い男性の集団に出くわすことがある。彼らの服装は、ジャージだったり、スーツだったり民族衣装だったり、その時によって異なるが、何かしら揃いのものを身にまとっている。その表情は険しく、彼らの口元から白い歯が見えることは滅多にない。飛行機に乗り込む時も、一糸乱れぬ隊列を組んで、背筋をぴんと伸ばして歩いている。東南アジアの若者は日本の若者と同じようにというか、それ以上にヘラヘラしているのだが、この一団からは一切そういう感じは見られない。普段はヘラヘラしている若者しか見ないせいか、その反動で、彼らを見て感心する以上に、鳥肌が立つような不気味さを感じるのは僕だけではないと思う。

 初めて彼らのような団体を見た時は、何かのスポーツのナショナルチームが世界大会だかアジア大会のために日本に行くんだな、と思った。しかし、運動選手にしては身体も華奢で貧相な感じがするなあとも思ったが、東南アジアでは代表選手とはいえ、トレーニング法も栄養摂取も未発展なのだろうと一人合点し、あまり深くは考えなかった。

 日本に戻って、ある人に僕が空港で見たことを話してみると、「ああ、それは技能実習生だな」という答えが返ってきた。日本には技能実習という制度があり、途上国の若者が長時間、最低賃金も下回るような劣悪な環境で働かされるような場合もあり、国内外で度々問題視されているという話は聞いたことはあったが、生の技能実習生を見たのはあの時が初めてであった。その話を聞き、なぜ彼らがスポーツ選手のわりに身体つきが華奢だったのか、なぜスポーツ選手特有の自信や快活さが見られず、不安で怯えたような表情であったのか、などと言った疑問が全て解消したわけである。彼らはスポーツ選手ではなかったのだ。

 それから数年が経ち、僕はあるツテを辿って、ある国の技能実習生の訓練所を訪れる機会に恵まれた。聞いたところによると、技能実習制度では約80種類の業種の実習生が来日しているらしいのだが、この日、僕が見学させてもらった訓練所では、自動車整備を行う実習生の卵たちが訓練を受けていた。ここの実習生は、僕が空港で見たような坊主頭ではなかったが、どこぞの柔道部のようなスポーツ刈りで統一されてており、威圧感がある。

 彼らは現地において4,5ヶ月程度の訓練を受けてから日本に派遣されるらしいのだが、自動車整備の実技に加えて、日本語や日本式のマナーなどもみっちり教育されるらしい。訓練所の職員に一通り施設の案内をしてもらった。まずは自動車整備の実技を行うための施設ということで、大きなガレージのようなところに通されたが、ボロい自動車が3,4台あるのは良いのだが、あまり自動車整備の業界に詳しくない僕でも、設備が大分古いものだということが分かる。実習生に実技を教えているのも、日本人ではなく、おそらくかつて日本で技能実習生として働いていた人なのだろう。彼はおそらく自分が日本で身につけた技術をそのまま実習生に教えているようだが、その当時から日本の工場の事情もかなり変わってしまっているのだはないだろうかと懸念される。

 日本語などを勉強する教室も見せてもらったが、暑い国なのに冷房装置がまったくない。大きな扇風機がうなりを上げて回っているだけである。僕の中学校の教室でも冷房がなかったが、夏場は教科書やノートのページが汗をかいた腕にくっついてきて、大変不快だったことを思い出した。こんな環境でも、みんなで野太い声を揃えて教科書の例文を読み上げたりしながら真面目に勉強しているのだから頭の下がる思いである。

 彼らが暮らしている寮も見せてもらったが、狭い部屋に二段ベッドが4台という過密ぶりである。冷房がないのは当然のこと、教室にあった扇風機すらない。これでよく夜中に寝られるものだと思った。窓を開けて寝るにしても、でかい虫がわんさか入ってきそうである。それでも綺麗にベッドメイクされていて、散らかっている様子は一切ない。

 こんな感じで施設の中をあちこち案内してもらったのだが、実習生とすれ違う度に、彼らがわざわざ足を止めて、「こんにちは!」とか「お疲れさまです!」などと挨拶してくるのには参ってしまう。彼らが足を止めて挨拶をしてくるからには、こちらもそのように応対せざるを得ないわけだが、こちらは一人、向こうは何十人といるので、一度実習生の集団とすれ違ってしまうと、何十回も「こんにちは~」、「こんにちは~」と挨拶を繰り返さなくてはならなくなる。福澤諭吉が慶応大学を設立した当初、学生たちが彼を見かけるたびに、立ち止まってお辞儀をしていたのだが、福澤諭吉はこれは時間の無駄だと思い、学生たちが立ち止まってお辞儀をすることを禁止したそうである。福澤諭吉が150年以上前に廃止したことが、この訓練所では今も当たり前のように行われているのである。

 その他にも、前述のように髪型は全員スポーツ刈りに統一されていたり、朝は必ず全員揃ってラジオ体操をやるなど、かなり前時代的な儀式が行われているようである。訓練所の経営者は指導員たちは、「彼らは規律正しい日本で働くことになるのだから、このくらいは当然です」というような感じで、それらの規則について実に誇らしげに説明していた。彼らがイメージしている日本の若者像は、日本では絶滅危惧種となっていることを彼らは知らないと見える。

 彼らがなぜ、実習生をこんな風に訓練しているのかというと、実習生を受け入れる日本企業が軍隊式に訓練された若者が来ることを希望しているからなのだろう。訓練所の人々は、顧客の要望に忠実に応えているだけに過ぎないのである。技能実習生の訓練所を見学することで、日本の企業と若者の間にある深刻なミスマッチの一端を垣間見た気がした。