まぬけじる日記

もうすぐ不惑を迎える男のまぬけな日常を描いた雑記です。Twitter:@manukejiru

IIJ会長の鈴木幸一さんの「私の履歴書」が謎だらけだけど面白い!

 日本経済新聞には、各界の著名人が、自分の生い立ちから半生を振り返る「私の履歴書」というコーナーがある。執筆者はひと月ごとに交替していくのだが、会社の社長や政府関係者等のお堅い職業から、漫画家や俳優などといった芸術関係の人まで幅広である。おそらく記者がゴーストライターをつとめていたりはせずに、ご本人が自ら筆を執っているのだと思うが、当然ながら、読んでいて面白い人もいれば、そうでもない人もいる。概して、人生寄り道も挫折もせずに、ストレートに今の地位に上り詰めた人の半生は読んでいても面白くもなんともない。役人とか学者なんかがその部類に属する。また、科学者なんかも時として話が専門的になりすぎてしまって、ド文系頭の僕には難解なことがある。面白いのは、若い頃に大きな病気をしたり、一文無しになったりした人の話である。まあ、あまり他人の人生を面白がるものでもないが、それでも「私の履歴書」に執筆をするくらいの著名人である。どんなに苦労しても失敗しても、いずれは成功することが目に見えているのだから、読む方も安心して面白がれるというものである。

 今月の「私の履歴書」は鈴木幸一さんというIIJの会長が書いているのだが、これは久々に面白く読めるものである。鈴木さんは、初回から自分を「変わり者」、「落ちこぼれ」と呼び、いかに自分の人生が上手くいかなかったかということを強調している。自称「変わり者」というのは、蓋を開けてみたら普通の人だった、ということが往々にしてあるが、鈴木さんの場合は本当に変わり者のようで、語られるエピソードも謎に満ちている。学校に行ってもろくすっぽ授業に出ずに、気の赴くままに演芸場や映画館、図書館や美術館で時を過ごしているわりに、どういうわけか学校の単位もしっかり取得し、早稲田大学まで出ているのである。英語の勉強も兄からもらったプレイボーイでしたというのだから面白い。

 「残業もなく早く帰れそうだから」という理由で入社した日本能率協会でも、トヨタの幹部に生意気な提案をして、資料を投げ捨てられたとあるのに、いつの間にか30歳そこそこで同社が刊行している経済誌の編集長まで任されている。その編集長の仕事でも採算度外視で、奇抜なデザインの表紙や攻めた内容の記事を載せていたら、派手に赤字を出してしまい、編集長の座を追われたりしている。そのくせ次のポストでは、閑職とはいえ部長に昇進しているというのだからちょっと理解に苦しむところがある。

 鈴木さんの私の履歴書を読んでいると薄々分かってくるのだが、鈴木さんの一風変わった人生を支えているのは、天才的な人間関係構築の上手さであろう。若い時から、相手が大学教授であろうと企業の重役であろうと外国人であろうと、いとも容易く打ち解けた関係になっている。その交友関係の中には、本田宗一郎岸信介といった歴史上の人物まで出てくるのだから驚く。僕なんかに言わせると、そんな人達とどうやって仲良くなったのかを是非書いてもらいたいところであるが、そのあたりのことは一切明かされない。唯一ヒントめいたこととして、「非常識ではあるが、礼儀正しい若者として、珍重されたのだろうか。」などと綴っている。おそらくこれは鈴木さんの天性の魅力というもので、余人が真似をしようと思っても決して真似ができないものなのだろう。

 10月も中盤に差し掛かり、鈴木さんの私の履歴書では、いよいよ鈴木さんが仲間とともに、資金繰りや制度の壁を乗り越えながらインターネット事業に乗り出す展開へと進んでいく。いまや僕たちの生活に不可欠となったインターネットがどのように商業化されていったのかを読みすすめることができるということならば、嵐の三連休の終わりも少しは楽しみになりそうである。