まぬけじる日記

もうすぐ不惑を迎える男のまぬけな日常を描いた雑記です。Twitter:@manukejiru

悪書追放ポストってまだ必要なの?

 先日、山梨県を訪ねた時に、駅の構内に「悪書追放にご協力ください」と書かれた白いポストが目に留まった。「悪書」という文字を見て、まず思い浮かんだのは、個人を中傷するデマが書かれた怪文書のようなものか、白髪でしわがれ声の魔女が使う呪術書のようなものだった。

 「山梨ってすげえとこだな・・・」と思いながら、恐る恐る白ポストの記載事項を読んでみると、このポストは「青少年に有害な本やビデオ」を投函するためのものであるとのことだった。これを見て、ようやく「なるほど、エロ本をここに入れるのか」と本来の趣旨が理解でき、山梨県は健全な青少年の育成に熱心な素晴らしい県だなと思った次第である。

 山梨での目的を終えて、帰りの電車に揺られていると、暇にまかせて頭に浮かんでくるのは、先程見た白いポストのことだった。おそらく、お母さんが息子の部屋を掃除している時なんかに、ベッドの下や引き出しの奥で発見したエロ本を放り込みにくるというのが、このポストが本来意図するところの正しい使われた方なのだろうなとか(エロ本でパンパンに膨らんだ風呂敷を背負って駅に向かうおっかさんの姿と、学校から帰宅して整理整頓された部屋で頭を抱えている息子のコントラストはグッとくるものがある)、自分の家の前にも白ポストを設置し、その管理人になればタダでエロ本がゲットできてお得だな、など、実に知的好奇心をくすぐるというか、思索を巡らすのに持ってこいの題材である。

 しかし、果たして、あの白ポストがどれだけ上に挙げたような正しい使われ方をしているのかは甚だ疑問である。自らの青少年時代を振り返ってみると、エロ本の捨て場所ほど気を使うものはなかった。不思議なもので、エロ本というのは、放っておくとどんどん増えているもので、そのうち自室の隠し場所だけでは収まりきらなくなってしまう。どうにかしてこれを処分しなければならないのだが、近所のゴミ捨て場に捨てているところを向かいの家のおばさんに見られでもしたら、その話は一両日中におばさん連中の井戸端会議の格好のネタとされてしまう。多摩川の土手に投げ捨てるという案もあるが、お巡りさんにでも見つかったりしたら、説教を食らう上に捨てたいエロ本を担いで持って帰るように指導されたりして面倒くさい。同じ部活の友人に友情の証として贈呈するという案もあるが、自分の性癖がバレるのも嫌だ。そんな時に、自分の家から少し離れた駅にある白ポストは実に頼りになる存在である。途方に暮れた僕に救いの手を差し伸べてくれるのは、親でもなく、学校の先生でもなく、悪書追放の白ポストだった、ということになる。

 おそらくこのようなことを考えるのは僕一人でもないと思うので、白ポストには摘発されたエロ本よりも、むしろ使い古されたエロ本の方が多く入っているのではないかと推察される。色々考えてはみたものの、そもそもスマホひとつで何だって見られてしまう時代に、エロ本に依存している青少年なんてどれだけいるものなのだろうか。もしかするとあの白ポストにはエロサイトにアクセス履歴のあるスマホが今日もガッチャンガッチャン放り込まれているのかもしれない。あるいは山梨県にはまだインターネットが普及していないという可能性もある。