まぬけじる日記

もうすぐ不惑を迎える男のまぬけな日常を描いた雑記です。Twitter:@manukejiru

招き猫バッジが欲しい

 僕は人ごみや混雑が好きではない。どんなに自分が気に入っている店であっても、まず店の外から混雑具合をうかがってみて、混んでいるようならば店に入ること自体諦めてしまう。よほどの人気店でもない限り、何度か覗いているうちに混雑する時間帯と空いている時間帯の傾向が見えてくるので、空いている時間を狙いすまして入るようにしている。

 ところが、これは僕自身の思い込みによるところが大きいのかもしれないが、僕が入るまではガラガラに空いていた店が、僕が入店するやいなや、次から次へとお客さんが入ってきて、いつの間にかほぼ満席になっていた、ということがよくあるような気がする。世間では、そういう人のことを「招き猫」というらしいが、おそらく僕も招き猫体質を持って生まれたのだろうなと思っている。

 しかし、招き猫体質というものに科学的な裏付けがあるわけでもないし、当然のことながら、店の人が「あの人が入ってくると不思議と店が繁盛するな」などといちいち観察しているわけでもない。したがって、店が混雑してくると、「一番最初に来たおまえが早く帰れよ」という店の人の視線がなんとなく僕の方に向いてくるような気がして、僕の方でも「俺が招き猫なのにな」などと思いながら、そそくさと席を立つことにしているのである。招き猫体質なんか授かったとしても、本人には一文の得にならない上、かえってこのような理不尽な目に遭ってしまうわけである。いつの日か招き猫体質を持つ人間を結集し、社会にこの不合理を訴えて、国会の議席でも獲得しようかと、一生懸命政策を練っているところである。

 そこで日本における招き猫の歴史を紐解いていると、伝説的な招き猫体質を持った「仙台四郎」なる人物が存在していたという情報を得た。明治時代の人らしいのだが、いつも機嫌よくニコニコと笑っていたため、彼が街をぶらぶらしていると、その周りに人が集まってきて、立ち寄る店が大いに繁盛したというのだ。そういうわけで、店の方でも、彼を福の神のように扱い、彼がどこからともなく現れるたびに酒食を振る舞い、彼が少しでも長く店に留まるようにしたというエピソードが残っている。

 現代の日本においても、是非この仙台四郎の故事にあやかり、招き猫体質を持つ人に対してバッジでも授与する制度でも設けたらどうだろうか。このバッジをつけた人がやってきた際には、飲み食いの代金を全額タダにしろとまでは言わないが、ビール一杯くらいは半額にするなどしても良いのではないか、などという勝手なことを考えている次第である。

 それにしても神様は僕に招き猫体質という資質を与えておきながら、その一方で人混みや混雑が嫌いという資質を与えるとはなんという皮肉なことだろうか。人混みが得意とはいかないまでも、苦手意識さえ取り除いてくれていたら、さらに招き猫体質を遺憾なく発揮できていたのではないかと思う。